大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)10号 判決 1993年7月15日
甲事件兼乙事件原告
田原いく子
同
冨田二郎
右両名訴訟代理人弁護士
小田耕平
同
山本勝敏
甲事件被告
田中トミ
同
田中眞一
同
池田美子
乙事件被告
幡谷豪男
同
丈六自治会会長こと松尾禎弌
同
丈六水利組合組合長こと松尾芳太郎
右六名訴訟代理人弁護士
俵正市
同
重宗次郎
同
苅野年彦
同
坂口行洋
同
寺内則雄
右乙事件被告訴訟代理人弁護士
小川洋一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
堺市に対し、被告田中トミは、金三億一〇五〇万円、被告田中眞一及び被告池田美子は、それぞれ一億五五二五万円を支払え。
(乙事件)
一被告幡谷豪男は、堺市に対し、金五億一〇〇〇万円を支払え。
二被告丈六自治会会長こと松尾禎弌は、堺市に対し、金二億二六九五万円を支払え。
三被告丈六水利組合組合長こと松尾芳太郎は、堺市に対し、金二億三二〇五万円を支払え。
第二事案の概要
一争いがない事実
(当事者)
1 原告らは堺市の住民である。
2 田中和夫(以下「田中」という。)は、昭和五九年二月七日から、死亡した平成元年八月二一日まで堺市長であった。被告田中トミは、田中の妻、被告田中眞一及び池田美子は、田中の子であり、他に相続人はいない。
3 被告幡谷豪男(以下「被告幡谷」という。)は、右田中死亡後、堺市長職務代理者堺市助役となり、平成元年一一月当時その職にあった。被告丈六自治会会長こと松尾禎弌は、同月当時、堺市丈六地区の住民のうち旧丈六部落の住民により結成されている丈六自治会の会長であった。被告丈六水利組合組合長こと松尾芳太郎は、同月当時、堺市丈六二〇八番地一の溜池及び堺市丈六二〇八番地二の堤(ただし、平成元年三月二九日及び同年一〇月二〇日分筆以前の表示、以下これらをあわせて「丈六大池」という。)の水利権者により結成されている丈六水利組合の組合長であった。
(公金の支出)
1 堺市は、平成元年四月一七日、丈六大池に関して、六億九〇〇〇万円を支出した(以下「本件支出1」という。)。
2 堺市は、平成元年一一月三〇日、丈六大池に関して、五億一〇〇〇万円を支出した(以下「本件支出2」という。)。
(住民監査請求等)
1 原告らは、平成元年四月二四日、丈六大池の買収価格は、当初九億円であったものが一二億円になったが、これは、堺市長が買収代金に関する予算の議会への上程を怠り、その時期が遅れたためであるとして、堺市長に対し、差額三億円を堺市に返還することを求める旨の住民監査請求を行った(以下「第一回住民監査請求」という。)。右監査請求は、同年六月二三日、理由がないとして、棄却され、そのころ、原告らに通知された。
2 原告らは、平成元年七月二一日、本訴のうち甲事件を提起した。甲事件において、原告らは、甲事件被告らに対しては、本件支出1のうち六億二一〇〇万円の賠償(相続分に従い分割されたもの)を求め、堺市長に対しては、支出が予定されていた残りの五億一〇〇〇万円の支出差止を求めた。
3 原告らは、平成二年一一月二八日、本件支出2は違法であるとして、被告幡谷に対しては、右支出相当額の賠償を、他の乙事件被告二名に対しては、本件支出2の返還を求める旨の住民監査請求を行った(以下「第二回住民監査請求」という。)。右監査請求については、平成三年一月二四日、実体的な判断をしたうえ、理由がないとされ、そのころ、原告らに通知された。
4 原告らは、平成三年二月一二日、本訴のうち乙事件を提起した。乙事件において、原告らは、被告幡谷に対しては、本件支出2相当額の賠償を、他の乙事件被告二名に対しては、本件支出2の支出額のうち各配分を受けた額の返還を求めた。原告らは、同年四月一二日、甲事件のうち五億一〇〇〇万円の支出差止請求を取り下げ、その後、甲事件と乙事件は併合された。
二原告らの主張
原告らは、丈六大池は、以前は丈六部落民の共有財産であったが、昭和五三年一〇月一日、堺市に寄付され、同年一一月二二日、堺市に対して、寄付を原因として、所有権移転登記がなされたもので、堺市の所有であるから、それを堺市が買収することはあり得ず、その他、丈六大池に関して、堺市が支出を行う根拠はなく、本件支出1及び本件支出2(以下、総称するときは、「本件各支出」という。)に関する支出負担行為、支出命令、支出の各行為は違法であると主張する。
三被告の主張
1 本案前の主張
第一回住民監査請求は、本訴における請求とは同一性がなく、甲事件は、住民監査請求を経ていない不適法なものである
2 本案に関する主張
丈六大池は、丈六部落民の共有財産であったものであり、前記の堺市に対する所有権移転登記にかかわらず、その性格は変わっていなかったところ、堺市では、登美丘北公園事業に供するために、丈六大池を買収することとした。そして、平成元年三月二八日、丈六大池のうち五七五〇平方メートル(実測)を代金六億九〇〇〇万円で買い受ける旨の土地買収契約を締結し、同年四月一一日付けの堺市長の支出命令によって、同月一七日、六億九〇〇〇万円を支出した。また、平成元年九月二五日、丈六大池のうち四二五〇平方メートル(実測)を代金五億一〇〇〇万円で買い受ける旨の土地買収契約を締結し、同年一一月二〇日付けの堺市長職務代理者の支出命令によって、同月三〇日、五億一〇〇〇万円を支出した。これらの代金は、すべて丈六大池の所有者である旧丈六部落民に対して支払われた。
第三判断
一監査請求前置について
1 住民訴訟とそれに先立つ住民監査請求との間には、対象の同一性が必要であり、同一性がない限り、地方自治法二四二条の二第一項所定の監査請求前置の要件を満たしたということはできない。前記争いがない事実に甲第一、第二号証を総合すると、第一回住民監査請求は、丈六大池の買収価格が、当初九億円であったものが、一二億円になったことを問題とするものであったのに対し、本訴(甲事件及び乙事件)では、原告らは、そもそも丈六大池は堺市の所有であり、それに関して買収代金を支出をする理由がないと主張していることが認められるところ、これらは、いずれも丈六大池の買収を巡り、その代金支出の違法を問題とするものである。しかも、住民監査請求制度が設けられた趣旨を考えると、住民監査請求においては、その対象とする行為等の特定の程度も、それが他の行為等と区別することができるものであれば足りるというべきであるから、第一回住民監査請求は、本件各支出に関する支出負担行為、支出命令及び支出を対象とするものであると解することができる。なお、本件支出2に関する行為は、第一回住民監査請求をした時点では、いまだなされていなかったのであるが、近くこれが支出されることは既に予定されていたのであり、右監査請求をした原告らは、もちろん右事実を了知しており、これを前提とした上で右監査請求をしたのであるから、右監査請求においては、本件支出2に関する行為もその対象に含めていたものと認めるのが相当である。
以上によれば、本件訴訟とそれに先立つ第一回住民監査請求との間には、対象につき同一性があるということができ、したがって、甲事件はもとよりのこと、乙事件についても、第一回住民監査請求により、監査請求前置の要件は満たされているというべきである。
ちなみに、原告らは、前記のとおり、乙事件提起の前提として、第二回住民監査請求をしているのであるが、第二回住民監査請求が対象としている行為と第一回住民監査請求のそれが同一である以上、右第二回住民監査請求は、不適法なものというほかない。
2 1において判示したとおり、乙事件は、第一回住民監査請求がなされていることによって、訴訟に先立って監査請求がなされているということができるのであるが、乙事件が提起されたのは、右監査請求が棄却されてから一年半以上も後の平成三年二月一二日のことであるから、出訴期間遵守の点が問題になり得る。
乙事件は、第二、一(争いがない事実)に記載したとおり、甲事件において、原告らが堺市長に対し五億一〇〇〇万円の支出差止を請求していたところ、右事件が係属中の平成元年一一月三〇日に右五億一〇〇〇万円の本件支出2がなされたため、原告らにより、改めて提起されたものである。このように、公金支出の差止訴訟が適法に係属している間に、公金の支出がなされ、当該公金支出等を理由とする損害賠償等の訴えが提起された場合には、前訴と後訴では、被告は異なるものの、その対象とする行為は実質的に同一であり、しかも、後訴は、公金の支出等がなされてはじめてすることができるものであるうえ、1において認定したとおり、原告らは、第一回住民監査請求の中で既に本件支出2についても争う意思を明確にしていたというのであるから、このような事情の下においては、前訴の提起時に後訴の提起があったものと同視することができるというべきであり、したがって、乙事件は、出訴期間の遵守に欠けるところはないと解すべきである(最判昭和六一年二月二四日民集四〇巻一号六九頁参照)。右に述べたところは、前訴において訴えの交換的変更がなされた場合はもとより、本件のように、前訴の取下げ及び弁論の併合によって、結果的に訴えの交換的変更がなされたのと同様の状熊になった場合にも適用されるというべきである。
二本案について
1 甲第四号証、第七号証の一、二、第一四号証、乙第一、第二号証の各一ないし三、第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第六ないし第八号証、第九ないし第一一号証の各一、二、第一二号証、証人森順道の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 丈六大池は、もともと丈六部落民の共有財産であり、土地台帳上は、「共有地」と記載されていた。
(二) 大阪府南河内郡登美丘町(以下「登美丘町」という。)は、地元民の意思を確認することなく、昭和三七年二月二三日、丈六大池を含む同町内の溜池及び堤について、同町名義の所有権保存登記をした。
(三) 当時、登美丘町は、同年四月一日に堺市と合併することになっていたところから、丈六部落においては、丈六大池を含む同部落の共有財産である溜池及び堤を右町名義のままにしておくと、合併の際に、堺市の所有にされてしまいかねないと心配し、これらの財産の処置について協議した結果、同部落には法人格がなく、同部落名で登記することができないため、同部落民の中から一三名の代表者を選び、右溜池及び堤は、これらの代表者名義に登記することに決し、登美丘町に対して、その旨の要望をした。右要望は、同町の議会において認められ、右代表者名義に登記することとされたが、登記がなされないうちに、昭和三七年四月一日、登美丘町は、堺市に合併された。
(四) 右合併により登美丘町の地位を引継いだ堺市は、昭和三八年二月七日、丈六大池について、売買を原因として、右一三名の代表者に対して、所有権移転登記をしたが、これは、右(三)の登記を実行したもので、真実売買が存したわけではなかった。
(五) 昭和五三年一〇月一日、旧丈六部落民によって結成されている丈六自治会の総会が開催され、丈六大池は個人名で登記がなされているため、将来、その経緯が不明確になるなどして混乱が生じるおそれがあることを理由に、その登記名義を堺市に移転することが提案され、承認された。そして、右丈六自治会では、その旨堺市に依頼し、昭和五三年一一月二二日、丈六大池について、寄付を原因として、堺市に対して、所有権移転登記がなされた。その際、堺市では、堺市に対して所有権移転登記がなされても、丈六大池の所有権は右丈六自治会にある旨の書面を作成して、右丈六自治会に交付している。
(六) 堺市では、丈六大池を、登美丘北公園事業に供するために、買収することとした。そして、堺市不動産評価委員会の評価を経たうえ、次のとおり売買契約を締結し、代金を支出した。
(1) 堺市は、平成元年三月二八日、丈六共有地管理者堺市長との間で、丈六大池のうち五七五〇平方メートル(実測)を代金六億九〇〇〇万円で買い受ける旨の土地売買契約を締結し、同年四月一一日付けの堺市長の支出命令によって、同月一七日、代金六億九〇〇〇万円を支出した。
(2) 堺市は、平成元年九月二五日、丈六共有地管理者堺市長との間で、丈六大池のうち四二五〇平方メートル(実測)を代金五億一〇〇〇万円で買い受ける旨の土地売買契約を締結し、同年一一月二〇日付けの堺市長職務代理者の支出命令によって、同月三〇日、代金五億一〇〇〇万円を支出した。
右の各売買契約において、売主の名を右のとおりしたのは、登記簿上の名義が堺市になっていたためであった。
(七) 堺市は、地区共有財産の管理及び処分に関する要綱を定めて、溜池等の部落民の共有財産に関して、同要綱に従った指導を行っている。同要綱五条は、地区共有財産を堺市及びその他公共団体の行う公共事業用地として処分する場合には、その代金の一〇パーセントを、その他の場合は、代金の二〇パーセントを、堺市に納付するものとすると定めており、また、同要綱六条は、処分代金は、堺市で保管し、当該処分代金を有する地域において、公共事業費、財産の維持管理費等に充当すると定めている。堺市では、丈六大池の右処分代金についても、右要綱に従った指導を行っている。
(八) 堺市では、溜池等の部落民の共有財産を処分する場合は、これが治水や周辺の環境に対する影響等公共の利害に大きく関係するものであり、また、全市的見地から調整を図る必要のある場合もあるため、議会の議決を要するとの取扱いがなされており、右(六)の丈六大池の処分についても、右取扱いに従い、議会の議決を経ている。
2 右1認定の事実からすると、丈六大池は、一貫して、旧丈六部落民の共有財産であるというべきである。昭和五三年一一月二二日、丈六大池について、寄付を原因として、堺市に対して、所有権移転登記がなされているが、右1(五)認定の事実からすると、登記名義が堺市にされただけで、寄付等の堺市に対する実体的な所有権の移転行為はなく、丈六大池が堺市の所有になったと認めることはできない。また、堺市は丈六大池の処分代金の使途について指導を行っているが、これは、部落民の共有財産の処分代金であることから、その趣旨に従った使用がなされるように、市が指導しているにすぎないもので、丈六大池の所有関係に関する右認定を左右するものではない。
3 したがって、堺市が丈六大池を買収して、その代金を支出したことに違法な点はなく、本件各支出に関する支出負担行為、支出命令、支出の各行為に違法な点はない。
4 なお、原告らは、堺市において、部落有財産といわれているものは、地方自治法二九四条以下に定める財産区の財産であり、これを財産区として取り扱わないことは違法であると主張するが、仮に、本件の丈六大池が財産区の財産であったとしても、堺市の所有物件でないことには変りがなく、本件各支出が違法になることはない。
三よって、本訴請求をいずれも棄却することとする。
(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官森義之 裁判官氏本厚司)